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2010年5月22日 (土)

ど・ど・どりこの大爆笑~

5月21日の読売新聞朝刊を読んでたら、江戸東京博物館の展示物紹介記事の中に「どりこの」ポスター、という気になる文字を見つけました。

それによると「どりこの」とは、昭和初期に大流行した滋養飲料の事であり、名称の由来は開発者の医学博士・高橋孝太郎の「こ」、助手の野口氏の「の」、そしてドイツ人らしい共同開発者の名前の一部「どり」を組み合わせて「どりこの」と名付けたそうです。ブドウ糖、果糖、アミノ酸が主な主成分で、そのままでは甘すぎて飲めない事から、水やお湯で5~6倍に薄めて飲むという、カルピスに近い飲み物でした。ちなみにカルピスの発売開始は大正8年(1919年)。三越がどりこのを発売したのは昭和4年(1929年)ですから、多少なりともカルピスを意識してたのかも知れません。

このどりこのにハマったのが講談社の創業者、野間清治。もともと大の甘党という事もあってか愛飲し、ニャンといつの間にやら独占販売権まで取得してました。後は出版社の人脈を生かして、閣僚や有名芸能人を多数宣伝に動員。1本1円20銭(現在の額で約2200円)と高値ながら、最盛期には年間230万本も売るほどのヒット商品となりましたが、戦争の勃発で砂糖の入手が難しくなり、昭和19年(1944年)頃に販売を中止。その後は知る人ぞ知る幻の飲料となってしまいました。

もう一人どりこのと縁の深い人物が、コラムニスト兼気象予報士の泉麻人。過去にテレビ番組の中で、講談社の倉庫から借りてきた実物のどりこのとご対面した事もあります。泉氏の著作『コラムダス』(新潮文庫 絶版)によると、それは黒ずんだ重厚なガラス瓶に入った、怪しい古酒めいたレモン汁がくすんだような色合いだったとの事ですが、さすがに試飲はためらったそうです。また、別の著作(『ニッポンおみやげ紀行』 講談社文庫 絶版)によると、長野には「どりこの焼」というおやきに似た菓子があるとか。飲料のどりこのとは直接の関係がない事から泉氏は、「どりこのが一種の流行語として使われてたのではないか」と分析してます。

昭和40年代前半まで、企業は新製品の宣伝の為に、自前でタレントや楽団を使ったキャラバン隊を全国に派遣させてましたが、もしかしたらどりこのも、軽快な歌に合わせて宣伝してたのかも知れません。それがタイトルにある「ど・ど・どりこの大爆笑~」だとしたら、それが某国民的お笑い5人組の番組に影響を与えたらしいという説は、一理あります(って、もちろんウソです)

このポスターは今月26日まで、江戸東京博物館の5F第2企画展示室で展示されてるので、興味のある方は一度観てはどうでしょうか。なお、勝手ながら明日5月23日の更新は、お休みします。ご了承下さい。

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