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2014年12月 1日 (月)

さらば文太兄ぃ(今度はマジ)

いつから映画の神様はこうも残酷になったのでしょうか?11月18日のブログで健さんの訃報を伝えたばかりですが、今度は菅原文太さんが肝がんで亡くなっていた事が明らかになりました。この人も筆者に映画の面白さを教えてくれた人なので、相次ぐ訃報には言葉もありません。

筆者が初めて文太さんの映画を観たのは、健さんの時と比べるとはっきりしないのですが、ほぼ同時期だったと思います。ただし映画館ではなく自宅のテレビでした。『トラック野郎 望郷一番星』をたまたま父と観て、おそらくガチで殴り合っていたであろう文太さんと梅宮辰夫さんに、ある種の恐怖を感じたのを覚えてます。その後の冷凍庫に突入してカチンカチンのシーンを覚えてなかったので、よほどインパクトがあったのだと思います。

その後、例によって今は亡き新宿の昭和館で『仁義なき戦い』(もちろん全部)を観た事で、任侠物とは違う実録物の世界にハマっていきました。その頃は今と違ってその手のプログラムピクチャーは、なかなかビデオ化される事がなかったので、必死になって観ていました。未だBD・DVD化されてない作品もあるし。

文太さんは健さんと違って晩年、映画の世界からは遠ざかり、農業や社会事業に力を入れて行きました。(12年2月24日のブログ参照)それが決定的になったのは、やはり東日本大震災でしょう。故郷がああいう事になったのを、東北人としてほっとけなかったのだと思います。その頃から脱原発や脱自民等を公言されていくのですが、山本太郎と違って世間をナメていなかったので、大いに好感が持てました。反面、「もう映画に出ないのか」と思うと寂しくなりました。

健さんもそうですが、その人の名前だけでお客を呼べるスターは、本当にいなくなってしまいました。今は事務所や何とか製作委員会の談合でキャスティングが決まってしまうので、本当に映画がつまらなくなりました。相変わらず規制は多いし。そんな中で文太さんが活躍する余地は、残されてなかったのかも知れません。享年81。謹んでご冥福をお祈り致します。合掌。

安倍さん、弾はまだ残っとるがよぅ

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