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2016年10月10日 (月)

信繁から幸村へ

関ヶ原がいとも簡単に終了し、これから最後の山である大坂の陣を迎えることになる『真田丸』ですが、その前のビッグイベント(と言うほどのものでもないが)である、真田信繁の改名が昨日放送の『真田丸』の中で行なわれたことは、今更言うまでもありませんが、スポニチアネックスによると、三谷幸喜はその構想に2年の時を費やしたんだそうです。

まぁ幸村の「幸」が祖父・幸隆、父・昌幸の「幸」なのは当然ですが、問題は「村」。元ネタが江戸時代の軍記物なのは知ってますが、その根拠は不明なので、気づいたらみんな普通に「幸村」と呼んでた訳ですが、それをくじ引きで決めるってのは、普通に考えればアレですよねぇ。あくまでもフィクション、娯楽作だから許されるんですけど。もちろん来月発売予定の『戦国無双 真田丸』に合わせたってのもあるんでしょうけど、さすがにゲームでこのネタは無理ですな。向こうは子供の頃から「幸村」だし。

ヤフコメでも「面白かった。昌幸パパからの、くじ引きのつながりもあるし」「今思うと、あれ(くじ引き)が伏線だったのかと、感心しました」「『これも入れてしまったのか』と、間違って村まで入れたのを引いたところが軽く、そして面白いところでした」「こういう展開、物語的にはおもしろいですよ」と好意的なコメが並びました。でもってキタコメはコレ。

「賛否あるようだけど、魅せる演出はさすがだと思います」

そう、ドラマではこれが大事なんです。真田丸のデカいオープンセットも作ったんだし、大坂の陣では関ヶ原で出来なかったことをドンドンやって欲しいですな。個人的にはVシネチックな後藤又兵衛(哀川翔)に注目していきたいんだけど、別のネタで攻めて来そうな気がして、それだけが気がかりです。カブトムシとか。

ちなみに歴史上くじで重要な事を決めたと言えば、応永35年(1428年)1月17日の、室町幕府6代将軍足利義教就任決定(就任は正長2年=1429年3月15日)ですが、その義教はやりすぎて暗殺されちゃいました(嘉吉元年=1441年6月24日)。果たして幸村はどこまでやりすぎるのか、その点にも注目しながら最後まで観ていきます。

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