70年前の今日、一つの時代が終わりました。そして新たな時代が幕を開けました。しかし、それはすんなり決まったわけではありません。時代を終わらせる為に多くの人が動き、中には血を流した人もいます。あの日が近づく中で、人はどのように動いたのでしょうか?
第二次大戦末期の昭和20年(1945年)4月5日、日本の勢いがジリ貧に陥って行く中で、昭和天皇(本木雅弘)は元侍従長で77歳の鈴木貫太郎(山崎努)に、組閣の大命を下す。既に敗戦が避けられなくなった中、迅速かつ円満に事を進めさせるためだった。総理となった鈴木は公然と本土決戦を主張する陸軍を抑えるべく、穏健派の阿南惟幾大将(役所広司)を陸軍大臣に任命する。天皇の信任を得てる阿南なら事態を打開出来るという、期待があったからだ。
だがそうした動きをあざ笑うが如く、世界情勢は目まぐるしく変化する。5月1日には同盟国ドイツが降伏し、7月26日には連合国が事実上の最後通告であるポツダム宣言を発令するが、国体護持に関する記載がない事を理由に、内閣はこれを無視。すると8月6日には広島に原爆が投下され、9日にはソ連が日ソ中立条約を破棄して対日宣戦布告。同じ日には長崎に2発目の原爆が投下された。
事ここに至って昭和天皇は自らの意思で戦争を終わらせるべく、ポツダム宣言受諾を決意。玉音放送の録音が行なわれる。だが激高した陸軍の畑中健二少佐(松坂桃李)は、徹底抗戦を主張すべく挙兵。反対派の森近衛師団長を暗殺すると、次は宮城占拠と録音盤の奪取を目論むが失敗。その頃阿南はケリをつけるべく、自宅で自ら果てた。そして迎えた8月15日。その時が迫っていた。
原作は半藤一利氏の同名ノンフィクションであり、過去には岡本喜八監督・三船敏郎主演で映画化(1967年=昭和42年)されており、今回は48年ぶりのリメイクと言われてますが、別物と言った方がいいでしょう。同じ半藤氏の『聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎』や『昭和天皇実録』の記述も組み込まれてるので、内容的にも上です。脚本を手がけた原田眞人監督は、既に2年前から構想を練っていたとの事ですが、人々がアベノミクスに淡い期待を寄せていた中でこうなる事を予測していたのは、お見事といってもいいでしょう。実際その2年間で世の中には不穏な空気があふれ始めたのですから、過去の時代に学ぶ事で現代への警鐘・教訓とするいい見本と言っても過言ではありません。
何より最大の特徴は、昭和天皇を歴史の主役・物語の主人公の一人として、きちんと真正面から描いた。これに尽きます。オリジナル版では8代目松本幸四郎が演じていましたが、後ろ姿か引きのショットだけで、名前すらクレジットされませんでした。その後も『太陽』や『終戦のエンペラー』ではそれぞれ、イッセー尾形や片岡孝太郎が演じてましたが、これもイメージ的なものであり、物語の中心にはなり得ませんでした。しかし今回、ようやくそれが実現できた事で、物語に深みが付きました。かつて歴史学者の八幡和郎氏は「昭和天皇を無条件に神聖視するのではなく、政治的な立場を超えて、客観的に評するべきだ」と主張しましたが、この映画は一つの回答として成り立ってます。
それを成し得たのは、やはり本木雅弘の演技力のたまものでしょう。一部フィクションもあるとは言え、全く違和感を感じませんでしたし、「本物の昭和天皇も、そのような事を申されたのだろう」という説得力に満ちてます。そう言えば彼は大河ドラマで徳川慶喜を演じてましたが、武家政治と軍国主義の「おくりびと」を演じたのは、何かの縁でしょうか?
逆に映画で残念な点を上げると、阿南陸将の切腹シーンはオリジナル版が上でした。切腹はきちんと正面から描かないといけません。そう言えば三船と役所、どちらも阿南惟幾と山本五十六を演じてるんですよね(しかも作品も同じ)個人的には「存在感の三船に、演技力の役所」と思ってますが、どうでしょうか?他にもちゃんとした殺陣が出来る松坂桃李にポン刀持たせないとか、ロケが全て関西なので首相官邸(現、首相公邸)と近衛師団司令部(現、東京国立博物館工芸館)が出てこないとか、昭和天皇の御料車がベンツじゃなくてパッカード(本物は今も宮内庁とヤナセが保管してるはず。処分してなければ)だとか、数え上げればキリがありませんが、それも壮大な歴史の前では些細な事です。でも役所以下陸軍の面々を丸刈りにして、ブートキャンプやらせた(さすがに役所はパスだろうが)させたのはよし。
きな臭い時代に対し「こんなのおかしいよ!」と正面から言い切る「日本人よ、これこそが映画だ」と呼ぶにふさわしい作品。判定は5段階評価の4(モトは取れるし、DVDも特別編を買って損しない。余裕があればBDでもいい)。この夏は映画で歴史の勉強をしながら、平和について考えるいい機会だと思います。
ちなみにまんたんウェブによると、役所広司は「水野晴郎に似ていると言われて、ちょっとショックを受けている」んだとか、そういえば痩せてはいるが、たしかにパッと見た感じ山下奉文大将に似てます。と言う事はひょっとしてひょっとしたら『シベ超エピソード1』の主役はまさか・・・ねぇ。とにもかくにも「戦争はいかん!」
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